九州神社紀行2

北九州近郊を中心に神社、野鳥および周辺風景の撮影日記です。

真清田神社(愛知県一宮市)


 真清田神社(ますみだじんじゃ)を掲載しました。

 

おことわり:掲載の写真は、参拝当日(04/01/2009)のものです、現在と異なっている場合があります。

 

 尾張一の宮式内社」真清田神社(ますみだじんじゃ)
<通称>>>
【鎮座地】
   〒491-0043 愛知県一宮市真清田1丁目2-1 旧尾張国 中島郡    
【電話】0586-73-5196
【旧社格等】 国幣中社(現別表神社) 
       尾張一の宮
       式内社 尾張國中嶋郡 眞墨田神社 名神大      
【御祭神】天火明命
【例祭】  2月17日 祈年祭 5月5日 子供祭 6月第3日曜日 お田植祭 

【御由緒】   
 当社は尾張国一宮にして、祭神天火明命天孫瓊々杵尊の御兄神に坐しまし国土開拓、産業守護の神として御神徳弥高く、この尾張国はもとより中部日本今日の隆昌を招来遊ばされた貴い神様であります。
  以上(平成祭りデータ)

 

 尾張国一之宮 真清田神社(ますみだじんじゃ)

御祭神 天火明命(あめのほあかりのみこと)

御例祭 四月三日 桃花祭(とうかさい)

【由緒】
 真清田さまが鎮座するこの地域は、古くは木曽川の水田地帯として栄え、清く澄んだ水による水田から真清田 (ますみだ)と名付けられたといわれています。
社伝によれば真清田さまの鎮座は、神武天皇三十三年、我国の開拓と日を同じくするものと伝わっています。
 平安時代、国幣の名神大社と認められ、尾張国一之宮として人々の尊敬を集めました。
鎌倉時代には順徳天皇は多数の能楽面をご奉納になり、現在も重要文化財として保存されております。
 江戸時代には、幕府より神領として朱印領三百石以上を奉り、明治、大正には皇室国家から厚待遇を受けました。
戦後は一宮市氏神さまとして、厚い信仰心を寄せられ今日に至っています。
 
【一宮とは】
 一宮とは、一の宮・一之宮とも書かれ、各地域の中で最も社格の高いとされる神社のことで、国司が任国に赴任した時等に巡拝する神社の順番とされています。
律令制度の崩壊後も一宮の名称は使われ続けてきましたが、時代によって一宮が変遷したり、尾張國における真清田神社・大神神社等のように旧國名に二社以上の一宮が存在することもあります。

 (神社パンフレットより抜粋)
  

【参拝月日】 04/01/2009

 

一の鳥居

 伊勢湾にそそぐ木曽川の東岸、愛知県一宮市にあります。JR東海道本線尾張一宮駅から徒歩5分、一宮市の中心、本通りの正面に、石造りの一の鳥居です。

 昭和20年「1945年)の空襲で境内に大きな被害を受けましたが、この一の鳥居は、空襲の火に耐えて健在です。社号標の筆碩は県内の書家、大島君川によるものです。
 

楼門

 前に太鼓橋があります。昭和36年(1961年)11月竣工。総檜造り、銅板葺きの荘厳な門です。

 

 楼上南側に掲げる「真清田大神」とある扁額は、伝聖武天皇ご宸筆の旧額を模して人間国宝平櫛田中氏が彫刻を施したものです。(当社HP)

 

境内から楼門
 

 当社のように、一宮が地名の由来となった市町村は全国に7つほどあるようですが、市名としているのは、愛知県一宮市のみです。


 数え歌にある、「一番始めは一宮」の「一宮」とは、真清田神社のことだと地元の人は信じています。とのことです。(週刊日本の神社NO47より)

 


楼門から社殿

 楼門の扉には「竹の輪に九枚笹」の神紋が輝いています。正面に社殿が見られます。


境内全景

 楼門を入るとゆったりとした綺麗に整備された境内です。右に神馬像、奥に服織神社、正面に拝殿から奥に本殿です。、

 

拝殿

 真清田の由来は、この地域は、木曽川の灌漑用水による水田地帯として、清く澄んだ水によって水田を形成していたため、真清田(ますみだ)と名付けられたといわれています。(当社HP)

 7月に行われる、七夕神話の織女にちなんだ「一宮七夕まつり}は「日本三大七夕祭り」の一つに数えられ、市街が4日間にわたって色彩豊かな飾り付けで埋め尽くされて大勢の人出でにぎわいます。

 

社殿全景

 右から切妻造の拝殿、祭文殿、渡殿、流造の本殿を繋いだ「尾張造り」の社殿です。現在の社殿は昭和32年10月(1957年)竣工です。


本殿

 御祭神、天火明命天孫瓊々杵尊の御兄神で、正しくは天照国照彦火明命といい「真清」は鏡にかかわる言葉であり、鏡作部や尾張氏の祖神とされ、尾張の農耕開拓をした神です。

 創建は、神武天皇33年(紀元前628年)御祭神の天火明命大和国葛城山の高尾張邑を発ち、尾張国の現在地に鎮まったことが起源と伝わっています。


神水舎 井戸

 社殿の左前にあります。井戸は平安時代白河天皇がこの井戸の水を召したところ、病気から快復したと伝わり、明治11年(1878)10月25日、行幸された明治天皇には、この水で淹れた茶が献じられました。


神水舎 水口

 立派な龍の水口です。

 

三八稲荷神社

 社名は、かつて江戸中期から開催されていた三八市に由来します。御祭神は倉稲魂命。旧暦初午当日まえの日曜日に初午大祭が斎行されます。


千本鳥居

 稲荷神社によく見られる千本鳥居です。