
6/08(月)古事記、日本書紀シリーズ、黄泉の国から帰還したイザナキは穢れを落とした禊ぎの最後に生まれた三貴子のそれぞれに使命を与えました。
アマテラスには「昼の世界」を、ツクヨミには「夜の世界」を、スサノオには「海原(海の国)を治めるように命じました。
「昼の世界」のアマテラスに続いて、「夜の世界」の統治を命じられたツクヨミの順番ですが、ツクヨミを祀る神社は残念ながら参拝していませんでしたので、皇大神宮(内宮)の、別宮である、月讀宮(つきよみのみや)を掲載します。
本家サイト九州神社紀行に月讀宮(皇大神宮別宮)を掲載しました。
おことわり:掲載の写真は、参拝当日(04/03/2009)のものです、現在と異なっている場合があります。
月讀宮(つきよみのみや)
<通称>
【鎮座地】〒516-0028 三重県伊勢市中村町742-1 旧伊勢国 度会郡 1
【電話】 00596-22-2801 https://www.isejingu.or.jp/about/outerbetsugu/#tsukiyomi
【旧社格等】 皇大神宮別宮
式内社 伊勢國度會郡 月讀宮二座 荒御魂命一座 並大 月次新嘗
【御祭神】 ・月讀尊
【例祭】
【御由緒】
皇大神宮別宮 月讀宮以下四別宮
一、御祭神
四宮とも南に面しておまつりされています。
東から西へ順次、宮名と御祭神を申し上げますと、
月讀荒御魂宮 月讀尊荒御魂 ②
月讀宮 月讀尊 ①
伊佐奈岐宮 伊弉諾尊 ③
伊佐奈弥宮 伊弉冉尊 ④
となります。ご参拝は①から④へと順にされるのが一般です。
二、御鎮座地 伊勢市中村町
外宮と内宮を結ぶ県道(御幸道路)の中間、道路沿 いのこんもりと茂った森の中に御鎮座になっております。
外宮から三・八㎞、内宮から一・八㎞の位置にあります。また、裏参道口には国道二十三号線が通っています。外宮・内宮循環バスをご利用の場合は、停留所 「中村」で下車、北へ向って徒歩約五分で、参道入口 に達します。また近鉄五十鈴川駅からは、南へ徒歩約十分のところにあります。
三、御鎮座の由来
月讀宮におまつり申し上げる月讀尊は天照大御神の弟神であります。外宮の別宮月夜見宮の御祭神と御同神でありますが、月夜見宮では「月夜見尊」の文字が 用いられております。
月讀尊の御事については、日本書記(元正天皇養老四年<720奏進) の上巻に、伊邪那岐命・伊邪那美命二柱の御親神が、天照大御神をお生みになられ、次に月讀尊をお生みになられ夜之食国をお治めになるようにと、ご委任になられたと記されております。
また、日本書紀では、月讀尊はその光彩(ひかりうるわしいこと)が、天照大御神に亜ぐものであるとたたえております。天照大御神の御神徳は、「その光華明彩(ひかりうるわしいこと)、六合の内に照り徹るほど でございます」と、太陽にたとえて表わされておりますので、月讀尊の御威徳は、それにつぐものとして 月になぞらえて、おたたえしたものと拝されます。
皇大神宮の第一の別宮である荒祭宮(皇大神宮神域に御鎮座)に、天照大御神の荒御魂がまつられ、豊受大神宮の別宮多賀宮に豊受大御神の荒御魂がまつられておりますように、月讀宮にならんで、月讀尊荒御魂がまつられております。荒御魂とは、神様の御魂のおだやかな御姿を「和魂」と申し上げるのに対して、時にのぞんで格別 に顕著な御神成をあらわされる御魂のお働きを「荒御魂 」とたたえます。
伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮におまつり申し上げる伊弉諾尊、伊弉冉尊二柱の神は、大八洲国即ち日本の国土 及び山川草木をお生みになられたのち、天の下の主た る天照大御神をお生みになり、つづいて月讀尊をお生みになられた二柱の御親神でありますことは、申すまでもありません。
以上の四別宮の御神名には「尊」の文字が用いられておりますが、これは、日本書紀巻第一で、神々の御事をのべるにあたり、「至って貴きを尊といい、そのほ かを命という」と注記しているもので、日本書紀の文宇づかいに従っております。
次に「別宮」と申しますのは、本宮との間柄を示す御称号でありまして、皇大神宮、豊受大神宮を「本宮」とするのに対し、あたかも本家に対する分家の意味で、 別宮と称するものであります。
別宮の「宮」は宮号と称し、天皇の思し召しにより、古くは勅書をもって、のちには官符をもって定められ たものであります。これを「宮号宣伝下」と申します。
神社に御称号をたてまつることは御祭神の御神威の輝きによります。これを敬うこといよいよあつければ、 神の御稜威も一層輝きをますものであります。
月讀宮以下四所のみやしろは、第五十代桓武天皇延曆二十三年(八〇四)に、神宮から上進した「大神宮 儀式帳」には、「月讀宮一院、正殿四区」と記され、一囲 いの瑞垣内にまつられておりました。すなわち、四宮 あわせて月讀宮とよばれました。伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮に宮号が宣下されましたのは、第五十六代清和天 皇貞觀九年(八六七) 八月のことであります。
第六十代醍醐天皇延長五年(九二七)に、有名な「延喜式」が上奏されました。これによりますと、伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮が瑞垣をめぐらした一院をなし、月讀宮、月讀荒御魂宮が一院を形成しておりました。
現在、拝するように、四宮それぞれが瑞垣をめぐらしたお姿になったのは、明治六年からであります。
続日本紀巻三十二に、「光仁天皇宝亀三年(七七二)八月の条には月讀神の御神威をかしこみ、その年の九月の神嘗祭から毎年の神嘗祭には内宮の荒祭宮に准じて、神馬を奉ることになった」と、あるのをはじめとし 朝廷の御尊崇の事実は、枚挙にいとまありません。
延喜大神宮式に、この四所の別宮に対し、幣帛を「祈 年、月次(六月、十二月)、神嘗の御祭に備えよ」と、 あるのをはじめとして今日においても、年中恒例および臨時のお祭は、正宮についで鄭重に奉仕されております。
(「皇大神宮別宮 月讀宮以下四別宮 参拝のしおり」より抜粋)
【参拝月日】04/03/2009
国道23号線入り口の鳥居
三重県伊勢市にあります。近鉄鳥羽線五十鈴川駅の南、外宮と内宮を結ぶ県道(御幸道路)と国道23号線に挟まれた、こんもりと茂った森の中に鎮座しています。
境内への参道入り口は、御幸道路沿いと(表参道)、駐車場のある国道23号線沿い(裏参道)の2か所あります。
参道入り口

鬱蒼とした森の中の参道の入り口に素木の鳥居です。
手水舎

参道を進むとこじんまりとした手水舎です。続いて御朱印等がいただける宿衛屋があります。
月讀宮以下四別宮の案内
四別宮の御祭神と参拝順路の案内です。
「別宮」とは、本宮との間柄を示す称号で、皇大神宮、豊受大神宮を「本宮」とするのに対してあたかも本家に対する分家の意味で別宮と称するものです。
4別宮

右(東)から、月讀荒御魂宮、月讀宮、伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮と並んでいます。当初は4宮合わせて一囲いの瑞垣内に祀られていましたが、現在のように4宮それぞれが瑞垣をめぐらせた姿になったのは、明治六年からです。
月讀宮

御祭神、月讀尊は天照大御神の弟神です。当宮の御神名の表記は「尊」となっていますが、これは日本書紀の「至って貴きを尊といい、その他を命という」に従ったものです。
月讀宮

社殿は、南に面し、構造は、内宮に準じ、神明造で、屋根は茅葺、鰹木は6本、東西両端には内宮と同じく内削ぎ(水平切)の千木が高くそびえ周囲には瑞垣をめぐらし、瑞垣御門と鳥居があります。
月讀荒御魂宮

皇大神宮の第一の別宮である荒祭宮(皇大神宮神域にご鎮座)に天照大御神の荒御魂が祀られ、豊受大神宮の別宮多賀宮に豊受大御神の荒御魂が祀られておりますように、月讀宮にならんで、月讀尊荒御魂が祀られております。
荒御魂とは、神様の御魂のおだやかな御姿を「和魂(にぎみたま)」と申し上げるのに対して、時にのぞんで格別に顕著なご神威をあらわされる御魂のお働きを「荒御魂(あらみたま)」とたたえます。
伊佐奈岐宮

御祭神は、大八州國即ち日本国土及び山川草木をお産みになられたのち、天照大御神をお産みになり、続いて月讀尊をお産みになられた御親神の伊弉諾尊です。
伊佐奈弥宮

御祭神は、伊弉冉尊
参道から社殿

御幸道路からの参道は、月讀宮の正面に出ます。手前はご神木?の大楠です。
御敷地

式年遷宮で新しい社殿が建てられる、敷地です。内宮、外宮、他の別宮とも、東西に並んでいますが、当宮に限り、地勢の関係から南北に設けられています。
境内から国道23号線の入り口

ここから皇大神宮(内宮)までは車で、5分ほどの距離です。