
本家サイト九州神社紀行に 敢国神社(あえくにじんじゃ)を掲載しました。
おことわり:掲載の写真は、参拝当日(04/02/2009)のものです、現在と異なっている場合があります。
伊賀國一の宮「式内社」敢国神社(あえくにじんじゃ)
<通称>一宮さん(いちぐうさん)
【鎮座地】〒518-0003 三重県伊賀市一之宮877 旧伊賀国 阿拝郡
【電話】0595-23-3061 https://aekuni.jp/
【旧社格等】 国幣中社 (現別表神社)
伊賀國一の宮
式内社 伊賀國阿拝郡 敢國神社 大
【御祭神】・大彦命
・少彦名命
・金山媛命
(配祀)
・九所社 ・六所社
【例祭】 12月5日 例祭
【御由緒】
一宮敢国神社略記
御祭神
大彦命 少彦名命 金山比咩命
御神徳
大彦命は第八代孝元天皇の第一皇子にましまして東北未開の地を教化の後、一族を率ゐてこの地に永住し給ひ、伊賀の国の開発に尽し給うた。伊賀開拓教化の祖神と仰ぎまつる所以である。
その後裔は阿部・阿閉・敢・名張・伊賀等を氏として諸国に繁栄し、世にアベ姓を称するものの総祖神にまします。殊に交通安全、健康長寿、児童愛護等の御霊徳を有し給ふ神にまします。
少彦名命は造化の三神である産霊神の御子神として神功の最も霊異なるによって普く知られ、大国主命と力を協せて国土経営に当り給ひ人畜救護の為に医薬・温泉・禁厭の法を創め酒造の道を開き給ふ等其の恩沢に浴するもの万世に尽くることがない。世に『ゑびす様』と称し商売繁昌、大漁満足、五穀豊穣の守護神にまします。だいこく様と共に福の神様として広く崇敬せられ神助を仰がるるも亦斯る霊験ましますが故である。又、
縁結び、安産の守護神として神社に縁結社、桃太郎岩の霊巌が祭祀されている。
金山比咩命は御名の如く金の神にましまして金銀銅鉄の本質及び其の運用を主宰し給ふ。即ち採鉱・冶金・機械工業其の他金属に関係ある一切の事柄に霊験を垂れ給ひ、人類生活の幸福利益を守護し給ふ。伊邪那美命の神々を産み給ひし時火の神の次に成りませる神にまします。
沿革
当社は古来伊賀の一宮として、朝野の崇敬頗る篤く、殊に当国の人々は総鎮守大氏神と仰ぎまつって其の霊徳に浴して来た。創立年代は詳でないが貞観の頃既に神階五位を授けられ、延喜の制には大社に列せられた。延長年間には朝廷から社殿が修造せしめられ、南北朝時代には、後村上天皇行幸ましまして数日間御参篭あらせられ、社領の御加増もあった。
天正年間兵燹に罹って一時荒廃したが徳川時代になって藩主藤堂家から社殿調度の修営・神器社領の寄進・祭儀神事の復興等が行はれ尊崇極めて深かった。明治四年五月国幣中社に列せられたが昭和二十一年二月官制廃止によって国家の管理を離れ現在は宗教法人として神社本庁に所属し氏子崇敬者によって維持経営されることになってをる。
丹塗の御殿は朝日夕日に映じ御神光燦として輝き神域の尊重さと祭神の御加護にその霊徳の尊さを伺はせしめられます。
御祭典
毎月一日 月次祭 四月十七日 春祭 十一月二十三日 秋祭
十二月四日 神幸祭 十二月五日 例大祭
古来例祭は 伊賀のおんまつり と称し遠近からの参拝者が多く大祭中最も盛な御祭である。
獅子神楽
一月三日 初舞祭 四月十七日 舞上祭
史蹟名勝
南宮山 当社の前方にある高峰で伊賀富士ともいひ、頂上に末社浅間社がある。金山比咩命の旧社地で四季共に眺望佳絶である。御墓山 当社の北方約壱粁佐那具町にあって東西約四十五米南北約百米といふ広大な前方後円の古墳である。御祭神大彦命の御陵墓と伝へられてをる。
参拝順路
関西線佐那具駅下車 約二粁 近鉄線上野市駅下車約四粁共にバスの便がある。
以上
(平成祭りデータ)
【参拝月日】 04/02/2009
大鳥居

表参道から境内への入り口の鳥居です、鮮やかな朱の両部鳥居が迎えてくれます。左の社号標には「元大國幣中社敢國神社大正4年11月 伯爵 藤堂高紹 寄進」とあります。藤堂 高紹氏は、伊勢国津藩の最後の藩主藤堂高潔の長男で藤堂家宗家13代当主です。
三重県西部、奈良県との県境に近い忍者の里として知られる、伊賀市にあります。関西本線伊賀上野駅の東4Kmほどの一宮に鎮座しています。
境内案内図

鳥居の左にあります。クリックして拡大してご覧ください。
裏参道には末社が西から、大石社 神明社 むすび社への階段 子授け神 若宮八幡宮 階段上、楠社 むすび社と並んでいます。
手水舎

鳥居をくぐって直ぐ右にあります。
桃太郎岩

拝殿への階段下、右にあります。
桃太郎岩
古伝によりこの桃太郎岩は今を去る五百五十年前南宮山頂(前方に聳える山) からお遷し申し上げ、安産及び子授けの守護の霊岩として全国各地より信仰をあつめて居ります。
御祈願を社務所の方におこし下されば岩田帯及びお守りを授与いたします。(現地案内板)
階段から拝殿

階段下の両脇では狛犬が迎えてくれます。階段上の社殿のある境内は鬱蒼とした樹々に囲まれた厳粛な雰囲気です。
拝殿

平入の細長い拝殿で、正面に唐破風があります。
拝殿の扁額

「敢國大神 xxxx」とありますが。xxxxは達筆で小生には判読不能です。
御祭神の扁額

右から、少彦名命 大彦命 金山媛命とあります。大彦命は第8代孝元天皇の第一皇子。四道将軍の一人として北陸を平定後、一族とともこの地に永住し、伊賀開拓に尽力し伊賀国発展の礎を築いた。少彦名命は当地に多かった秦氏の崇敬を受けた国土開拓の神。金山媛命は美濃国から勧請された製鉄を司る神です。
本殿


本殿は瑞垣に囲まれた中にあり、全容は見られません。拝殿と本殿の間には幣殿があります。垣内に境内社九所社 と六所社があります。
斉明天皇4年(658)大彦命の子孫の阿拝氏が祀る大彦命と渡来民族の秦氏が祀る少彦名命を祀る社を創建、その後金山媛命が合祀され、三柱をもって敢国神社・敢國津大神と奉称されています。
拝殿から鳥居

当社の近くに史跡「御墓山」があります。当社の北方約1km佐那具町にあって東西約45m南北約100mの広大な前方後円の古墳です。御祭神大彦命の御陵墓と伝えられています。
市杵島姫社

表参道の鳥居の左(西)あります。宗像三女伸の一柱、市杵島姫命が祀られています。
社号標 12:15
表参道入口(西の端)にあります。 「元大國幣中社敢國神社」とあります。
大石社

須佐之男命・金山比古命・大日孁貴命・大山祇命が祀られています。
裏参道には、西から大石社 神明社 むすび社への階段 子授け神 若宮八幡宮 御輿蔵 神饌所。 階段上に楠社 結び社が並んであります。

御祭神は、天照大御神。
むすび社への入り口

むすび社と楠社への入り口の鳥居です。この石段を登って右側一番奥の御社です。と案内板があります。
子授け神

ご祭神は不詳、子授けに霊験があるとされています。

御祭神は、仁徳天皇。
御輿蔵 神饌所

左から御輿蔵 神饌所とならんでいます。
楠社

楠正成と江戸中期に伊賀上野城代を務めた藤堂元甫の二柱が祀られています。
むすび社

御祭神は、最初に高天原に成り立った造化三神の一神、高皇産霊尊と少彦名命の別名の手間天神が祀られています。